管谷怜子のブログ

はじめまして。福岡を中心にピアノ演奏活動とフリューゲル音楽教室を主宰しています。ホームページはhttp://ryoko-sugaya.com

第14回 J.S.Bachクラヴィーア作品全曲連続演奏会オンライン配信 演奏する曲目について

昨日、無事に第14回J.S.Bachクラヴィーア作品全曲連続演奏会を終えました。

今晩から2週間、オンラインでお申し込みの方にお楽しみいただきます。

演奏会の曲目解説の文章をこちらに掲載しますので、一緒にお楽しみいただければと思います。

 

 

パルティータ第5番ト長調BWV829

 

プレアンビュルム:プレアンビュルムはプレリュードと同義で使われるが、この曲はトッカータに近く、即興的な速い動きの連続が特徴だ。この曲は最初に和音のカデンツァを配することで少し重厚な質感も加えている。様々な音域の隅々にいきわたる速い動きも和音とのバランスをとって充実した発音で弾きたい。

 

アルマンド:フランス語で「ドイツの」という意味。アウフタクトで始まる中庸なアルマンドは、16分音符の繊細な旋律線はいかにも鍵盤楽器的な軽やかさをたたえている。どこかのどかでゆったりとした気持ちにさせるのが特徴だ。

 

コッレンテ:8分の3拍子。この曲は、浮足だつような低音のリズムが快活な表情を持つ。

 

サラバンド:付点のリズムの連続は、式典の音楽であるフランス風序曲のような雰囲気をもたらす。まるで湖面に移る景色が風で揺らぐようなリズム感である。

 

テンポ・ディ・メヌエットメヌエットはゆっくりとした3拍子の舞曲なので、この曲はゆっくり弾くべきなのだが、音型からは快活さが連想される。そのアンバランスが魅力なのか?

 

パスピエパスピエとは軽やかな足の動きが特徴のフランスの舞曲だ。アウフタクトの独特なリズム感が颯爽と進行し、なんとも快い感じを受ける。

 

ジーグ:このジーグは3声部の二重フーガのようになっていて非常に充実した構造になっている。最初のテーマはユーモラスな印象を与える下行音型に始まり、第二テーマはトリルを配して幾分厳粛に始まる。この二つのテーマは次第に重なり合うように奏されて融合していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

4つのデュエットBWV802-805

 

第1曲ホ短調BWV802:8分の3拍子。冒頭のホ短調のスケール(音階)とそのあとに続く半音階進行を対照させている。そのコントラストの不可解さがクセになる。2声でスケールが輪唱のようになるところは、抜けられない無限ループにはまり込んだような気分にさせられる。

 

第2曲ヘ長調BWV803:4分の2拍子。カプリッチョ(奇想曲)のような冒頭のテーマは、アルペジオ(分散和音)の進行をもとにできていて、とても快活な印象を与える。ところが中間部のカノン風の部分に入ると、新しいテーマが出てくる。暗澹たる雲が立ち込めるように不穏な空気に変わる。これは第1曲と同様に半音階進行の効果によるものだ。さらに冒頭のカプリッチョに戻るという、A-B-A構成をとっている。

 

以上の2曲は、安定した調性感を表出する音型(スケールとアルペジオ)と調性感を不安定にさせる作用を持つ半音階(クロマティック)の対照を意識して書かれたのではないかと思う。

 

 

第3曲ト長調BWV804:8分の12拍子。この曲は、純粋無垢といった雰囲気の類似する二種類のテーマが交差したり、はたまた、カノンのような部分が現れたり、といろいろな作曲技法が織り込まれている。そのためか、純朴なテーマの雰囲気とは裏腹に少し堅苦しいような充実感も併せ持っているところが面白い。また、テーマの後半に現れる旋回するような16分音符の音型もこの曲の特徴である。

 

第4曲イ短調BWV805:2分の2拍子。この曲は速いテンポで演奏する解釈が大半だが、このテーマは息の長いしみじみとした雰囲気を感じるので、ゆったりと演奏したい。

さらに、テーマの後半に、第3曲と同じような旋回するような音型が現れる。このことから、第3曲と第4曲は、テンポの違う旋回するモチーフに焦点をあててみたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

パルティータ第6番ホ短調BWV830

 

トッカータ:即興的な楽節AとフーガBの2部分をA-B-Aの構成に配置した規模の大きな曲である。Aは、ひたすら美しくいとおしさに満ちている。それに続くフーガも繊細な気品を感じるものである。

 

アルマンド:ピアノの場合特に「実際に指先でうたう感覚=音楽性」ということになろうと思うが、この曲は弾き手にとっては「指先が歌う感覚」を研ぎ澄ますことが最重要課題になる。美しい旋律を支える和音もまた軽やかに響く。

 

コッレンテ:この曲は、少し珍しいタイプのコッレンテだと思う。本来速くさっそうとした今日がコッレンテの特徴だが、この曲はもっと落ち着いて味わうだけのボリュームがある。シンコペーションのリズムも、軽やかさというよりは、もっと確固とした輪郭線を持つ音で弾くべきで、2声部の存在の重みを感じさせるリズムになっている。

 

エア:文字通り「エア=空気」が語源。アリアも同義である。軽やかにそよ風のようにさらっとしている。

 

サラバンド:数あるバッハのサラバンドの中でも最も規模が大きい。和音の響きはとても現代的な感覚で、幻想的でもある。

 

テンポ・ディ・ガヴォット:中庸なテンポの優雅な雰囲気の舞曲だ。サラバンドの心に迫る表現の後味を一掃してくれるような軽やかさを持っている。

 

ジーグ:このジーグのテーマは音型がシンメトリーになっていて、しかもテーマの中にドからシまでの12音のうち10音を使っている。そのために半音階的な進行は調性の安定感を逃れようとするとても神秘的なものになっている。それは遥か彼方の空にちりばめられた星を見るような効果を出している。これは少し強引だけれども、平均律クラヴィーア曲集第1巻の最終フーガを連想させるだろう。